中厚板の多層盛りMAG/MIG溶接:層間温度管理とスラグ巻き込み防止の完全実務ガイド
中厚板(板厚9mm〜25mm程度)の突合せ継手やT継手をMAG溶接(軟鋼・高張力鋼のCO2/MAG)およびMIG溶接(ステンレス・アルミ等)で施工する際、1パス(1層)あたりの入熱量には限界がある。そのため、開先を完全に満たすためには「多層盛り(マルチパス)溶接」が必須となる。
多層盛り溶接における品質不良の多くは、「不適切な層間温度(インターパス・テンプ)の管理」による冶金学的欠陥と、「層間のスラグ除去・清掃不良」によるスラグ巻き込み(介在物欠陥)に起因する。
本稿では、現場の最前線で培った実務ノウハウと冶金学的背景、JIS規格の要求事項を交え、これらのトラブルを完全に制御するための実践的技術を網羅的に解説する。
1. 基礎知識:多層盛り溶接のメカニズムと要求される品質
多層盛りが選ばれる理由と熱影響部(HAZ)の制御
中厚板に大電流・高入熱で一気に溶接を行おうとすると、溶融プールが制御不能になり(ハンギング不良や過大ビード)、さらに冷却速度が極端に遅くなることで溶接金属および熱影響部(HAZ:Heat Affected Zone)の結晶粒が著しく粗大化する。結果として、靭性が著しく低下する。
多層盛り溶接は、以下のメリットをもたらす。
1. 結晶粒の微細化(リファイン効果): 後続の層(熱源)が先行層の溶接金属およびHAZを再度加熱するため、焼きなまし効果(オーステナイト化再結晶)により結晶粒が微細化し、靭性が向上する。
2. 歪み・残留応力の分散: 入熱を複数回に分散させることで、構造物全体にかかる熱歪みをコントロールしやすくなる。
3. 冶金学的特性の均一化。
適用される主なJIS規格
- JIS Z 3101: 鋼溶接継手の引張試験方法
- JIS Z 3111: 溶接金属の化学分析方法及び機械試験用試験片
- JIS Z 3211 / Z 3312: 軟鋼及び高張力鋼用被覆アーク溶接棒 / ガスシールドアーク溶接用ワイヤ
2. 層間温度(インターパス・テンプ)管理の技術
層間温度とは何か? なぜ管理が必要なのか
層間温度とは、多層盛り溶接において、次の層を盛る直前の、直下ビード(または母材)の温度を指す。
- 上限温度(Max Interpass Temperature)の管理:
- 高張力鋼(780MPa級など)や低温用鋼において、層間温度が高すぎると、冷却速度が遅くなりすぎて溶接金属の抗張力や靭性が低下する(焼戻し効果の過剰、あるいは不純物の偏析)。
- ステレス鋼においては、炭化物の析出(粒界腐食、いわゆる鋭敏化)を防止するため、一般に150℃以下に厳しく制限される。
- 下限温度(Min Interpass Temperature)の管理:
- 厚板や熱伝導率の高い材質(アルミなど)で、母材が冷えきった状態で次のパスを置くと、「高温割れ(凝固割れ)」や「冷間割れ(遅れ割れ)」のリスクが跳ね上がる。また、溶込み不良の原因となる。
現場における層間温度の管理実務
- 測定方法: 接触式温度計(熱電対式・表面温度計)または非接触放射温度計(サーモグラフィ・レーザー温度計)を使用する。測定位置は、アーク直近から25mm以上離れたビード端部近傍とする。
- 温度管理の目安(一例:490MPa級高張力鋼の場合):
- 予熱温度:50℃以上
- 層間温度:250℃以下(母材厚さ、板継手形状によりWPS=溶接施工要領書で厳密に規定)
3. スラグ巻き込み防止と層間クリーニングの極意
ソリッドワイヤを用いたMAG/MIG溶接であっても、シールドガスの不備、あるいはシリカ($SiO_2$)やマンガン($MnO$)などの脱酸生成物がビード表面に島状または膜状の「ガラス質のスラグ(シリカアイランド)」として残存する。フラックス入りワイヤ(FCAW)を使用する場合は、全面が重厚なスラグで覆われるため、層間の除去作業が絶対不可欠となる。
[不良例:スラグの取り残し]
層2 (New Pass) ~~~~~~
スラグ残渣 ──X── X ── ← ここを起点に層間剥離・ブローホール発生!
層1 (Base Bead) ────────────
[理想的な状態]
層2 (New Pass) ~~~~~~
完全清掃・金属光沢面 ────────
層1 (Base Bead) ────────────
現場で実践すべきクリーニング手順
1. スラグの破砕・粗削り:
- FCAWの場合、チッピングハンマーやケレンハンマーでスラグを完全に割り取る。
2. ワイヤブラッシング・グラインディング:
- ステンレス鋼やアルミニウムの場合、炭素鋼用のワイヤブラシを使用厳禁(もらい錆や異物埋め込みの原因)。ステンレス用(SUS304系)または専用のステンレスブラシ、あるいはナイロンホイールを使用する。
- 深い溝やアンダカット気味のビード端部は、スラグが最も残りやすい。ミニグラインダー(ロータリーバーやフラップディスクの#60〜#80)を用いて、凹凸をなだらかにし、金属光沢が出るまで削り込む。
3. 脱脂・清掃:
- アセトンや専用クリーナーを使用し、油分、水分、研磨粉を完全に拭き取る。ウェスはケバ立たないものを使用する。
4. 溶接施工パラメータとビード形状制御(MAG/MIG)
各層の形状(特に最初のパスである「ルートパス」と、中間層の「フィルパス」)が不適切であると、どんなに丁寧に清掃してもスラグやブローホールを巻き込む。
パスごとの推奨施工条件の目安(軟鋼 板厚12mm V字開先 1G姿勢の例)
| パス区分 | 溶接法 | 電流 (A) | 電圧 (V) | 速度 (cm/min) | シールドガス | トーチ角・操作のポイント |
| :--- | :--- | :--- | :--- | :--- | :--- | :--- |
| ルートパス (1層目) | MAG | 180〜200 | 22〜24 | 30〜35 | $Ar + CO_2$ (80:20) | 直角〜後退角10°、キーホールを確実に見る。 |
| フィルパス (2〜4層目)| MAG | 220〜250 | 25〜28 | 40〜50 | 同上 | ウィービング(オシレーション)幅はワイヤ径の3〜4倍以内。 |
| カバーパス (最終層) | MAG | 200〜220 | 24〜26 | 35〜40 | 同上 | 継手端部で1〜2秒止め、アンダカットを防ぐ。 |
キーホール制御とトーチ操作の鉄則
- ルートパスにおけるキーホール:
根元まで完全に溶け込ませるため、わずかな隙間(根間隔:2〜3mm)とルートフェース(1〜2mm)を確保し、アーク直下に適切なキーホール(溶融孔)を維持しながら前進する。キーホールが閉じすぎると溶込み不良、開きすぎると裏波の垂れ下がり(あるいは焼き落ち)が発生する。
- 中間層(フィルパス)の形状制御:
平坦すぎるビードや、極端に山高(凸型)なビードを重ねると、ビードと母材(または隣のビード)の間に鋭角な溝(グルーブ)が形成される。この溝に次層のスラグが入り込み、完全に浮き上がらずに閉じ込められることで「スラグ巻き込み(サンドトラップ)」が発生する。
- 対策: 中間層のビード表面は、できるだけ平坦(フラット)または緩やかな凸形状とし、次層のワイヤがアークを直撃しやすい形状にコントロールする。
5. トラブルシューティング:現場で起きる欠陥と即効性のある対策
トラブル①:層間剥離(インターパス・デラミネーション)およびスラグ巻き込み
- 発生メカニズム: 前層のビード端部(トウ部)の形状が急峻であったり、スラグが完全に除去しきれていない状態で次層を施工したため、金属が完全に融合せず、隙間にスラグが閉じ込められた。
- 即効対策:
1. フィルパスのウィービングを広げすぎず、アスペクト比(ビード幅と高さの比)を適切に保つ。
2. 層間のグラインダー清掃を義務化し、鋭角な段差をすべて削り落とす。
3. ワイヤの送給安定性を確認し、アーク切れやスパッタの過剰堆積を防ぐ。
トラブル②:ブローホール(ピット)の多発
- 発生メカニズム: 層間に水分、油分、あるいは前層の酸化スケールが残存し、アーク熱で分解・ガス化して溶融金属内に閉じ込められたもの。特にMAG溶接において、シールドガス流量不足や風の影響によるガスシールド不良も主因となる。
- 即効対策:
1. シールドガス流量を適正値(一般に20〜25 L/min)に再設定する。
2. 層間の清掃時に揮発性のクリーナーを使用した場合、完全に乾燥したことを確認してから次のアークをスタートする。
3. 湿度の高い環境下では、母材およびワイヤの予熱(防湿)を徹底する。
6. 冶金学的・品質保証的観点からの留意事項
1. 水素誘起割れ(遅れ割れ)の防止:
高張力鋼(HT590・HT780等)の多層盛りにおいて、大気中の水分やワイヤに付着した油分から水素が溶接金属に侵入すると、数時間から数日後に遅れ割れが発生する。これを防ぐため、パス間清掃の徹底と同時に、低水素系施工(シールドガスの露点管理、ワイヤの保管管理:ドライボックス使用)が不可欠である。
2. 入熱制限と冷却速度:
過大な電流や低速すぎる溶接速度は、冷却時間を長くしすぎて炭化物の粗大化を招く。WPS(溶接施工要領書)に定められた「入熱量(Heat Input: $Q$)」の計算式を現場作業員が把握していなければならない。
$$Q (\text{kJ/cm}) = \frac{V (\text{V}) \times A (\text{A}) \times 60}{S (\text{cm/min}) \times 1000}$$
この入熱量が規定値の範囲内に収まるよう、電流・電圧・速度のバランスを厳格に維持することが、多層盛り溶接の品質を担保する最終防衛線となる。