高クロム耐熱鋼の裏なみ溶接におけるボロイド抑制:予熱・パス間温度管理術
配管の突合せ溶接において、完全溶込みを達成するための「裏なみ溶接」は職人の腕の見せ所である。しかし、これが9%Crや12%Crに代表される高クロム耐熱鋼(P91、P92など)となると話は別だ。通常の炭素鋼やオーステナイト系ステンレス鋼の感覚で施工すれば、裏なみ部に「ボロイド(Blowhole/Pinholes:微細気孔群)」が多発し、非破壊検査(RTやUT)で容赦なく不合格判定を受ける。
本稿では、高クロム耐熱鋼の裏なみ溶接において、ボロイドを完全に根絶するための熱履歴コントロール(予熱・パス間温度管理)の全技術を、冶金学的背景およびJIS/ISO規格の観点から徹底解説する。
1. 基礎知識:高クロム耐熱鋼の裏なみ溶接とボロイド発生のメカニズム
高クロム耐熱鋼(P91 / SUS410系など)の特性
発電プラントのボイラーチューブや高温高圧配管に使用される高クロム耐熱鋼(例:ASTM A335-P91 / 9Cr-1Mo-V鋼)は、高温強度と耐酸化性に優れる反面、マルテンサイト組織を主体とするため、溶接施工上のリスクが極めて高い。
常温では硬く脆い組織になりやすく、溶接時の急冷硬化や水素脆化による遅れ割れ、そして裏なみビードにおける緻密性不良(ボロイド)が最大の課題となる。
ボロイド(微細気孔)とは何か
ボロイドとは、通常の単発的ピットとは異なり、溶接金属内部や裏なみ表面にごく微細な気孔(ピンホール)が群れをなして発生する現象である。
- 主因: 溶融池内でのガス(主に水素$H_2$および一酸化炭素$CO$、窒素$N_2$)の溶解度低下と、凝固速度のアンバランス。
- 高クロム鋼特有の問題: クロム(Cr)やモリブデン(Mo)の存在により、ガスが固溶しにくくなる上に、裏なみ形成時のルート部(裏面)がバックシールドガス(Ar等)の不備や、母材からのガス放出、あるいは急冷によるガスの「巻き込み」を受けやすい。
2. 冶金学的アプローチ:なぜ熱履歴コントロールが不可欠なのか
マルテンサイト変態点($M_s$点、$M_f$点)と水素の挙動
高クロム耐熱鋼の$M_s$点(マルテンサイト変態開始温度)は通常、300℃〜400℃付近に位置する。
適切な予熱・パス間温度管理を行わず、溶接部が急速にこの温度以下に冷却されると、組織が急激にマルテンサイトに変態する。この時、変態に伴う体積変化と、固溶しきれなくなった水素が格子欠陥に集まることで、微小な空隙(ボロイド)および割れの起点が生じる。
凝固界面におけるガスのトラップ
TIG溶接の裏なみ施工時、ルートギャップ直下の溶融金属は、アークの直達熱と裏面からの冷却という過酷な温度勾配に晒される。
予熱不足の場合、溶融プールの凝固速度が異常に早くなり、ガスが浮上して大気中やシールドガス中へ抜ける時間が確保できなくなる。結果として、結晶粒界に沿って微細なボロイドが取り残されること lokale.
3. 現場の実践・トラブル対策:予熱・パス間温度の最適管理術
ボロイドを防ぐための現場施工の鉄則は、「適切な予熱による冷却速度の緩和」と「上限温度厳守によるオーステナイト化/結晶粒粗大化の防止」のバランスをとることである。
① 予熱温度(Preheat Temperature)の設定と管理
高クロム耐熱鋼の裏なみ溶接(TIGベース)における予熱は、水素誘起割れの防止とボロイド抑制の両方に効果を発揮する。
- 推奨予熱温度: 150℃ 〜 250℃ (母材の厚みおよび炭素当量 $C_{eq}$ による)
- 管理のポイント:
- 予熱範囲は開先を中心に、母材厚さの3倍以上、かつ最低100mm以上の範囲を均一に加熱する。
- 表面温度の確認には、サーモクレヨン、接触式温度計、または放射温度計を用いるが、放射温度計は表面の酸化膜で誤差が生じやすいため、接触式を基本とする。
- 予熱温度を下回った状態(特に冬季の屋外作業や冷風が当たる現場)でアークをスタートさせると、一瞬でボロイドの巣が生成されるため、アークスタート時にも母材温度が規定値に達していることを必ず確認する。
② パス間温度(Interpass Temperature)の厳格な上限管理
多層盛り溶接を行う場合、パス間温度が高すぎると冷却が遅れ、溶接金属の結晶粒が粗大化し、高温割れや靭性低下を招く。逆に低すぎるとボロイドの原因になる。
- 推奨パス間温度: 150℃ 〜 300℃(最大300℃を超えないこと)
- 管理のポイント:
- 特にP91などの高クロム鋼では、パス間温度が300℃を超えた状態で溶接を続けると、溶接金属の硬さが低下しすぎてクリープ強度が損なわれるだけでなく、熱収縮による歪みも大きくなる。
- 層間のインターバルで温度が下がりすぎた場合は、再加熱(リヒーティング)を行ってから次のパスに移行する。
③ 裏シールド(バックシールド)の徹底
ボロイドの大きな原因の一つが、裏面側での酸化およびガスの巻き込みである。
- パージガス純度: 高純度アルゴン(Ar 99.999%以上)を使用。
- 酸素濃度管理: 裏なみ溶接部背面の酸素濃度が 50 ppm 以下(厳格な規格では20 ppm以下)に低下したことを酸素濃度計で確認してからアークをスタートさせる。
- 流量調整: パージガスの流量が多すぎると、裏面溶融池が乱れてカルマン渦が発生し、空気を巻き込んでボロイドを形成する。管径に応じた適切な流量(通常 5〜15 L/min、その後保持時は 3〜5 L/min)に絞る。
4. 溶接施工条件の具体例(P91 50A Schedule 80 配管の場合)
現場で直ちに適用できる、ボロイドを抑制するためのTIG溶接条件の目安を以下に示す。
| 施工パス | 溶接棒 (AWS規格) | 棒径 (mm) | 電流 (A) | 電圧 (V) | シールドガス (L/min) | バックガス (L/min) | 予熱/パス間温度 |
| :— | :— | :— | :— | :— | :— | :— | :— |
| 1層目 (裏なみ) | ER90S-B9 | 2.0 | 75 – 90 | 11 – 13 | Ar: 15 (torch) | Ar: 10 (purge) | 200℃ ± 25℃ |
| 2層目 (ホットパス) | ER90S-B9 | 2.4 | 100 – 120| 12 – 14 | Ar: 15 (torch) | Ar: 10 (purge) | Max 300℃ |
| 3層目以降 (充填・仕上)| ER90S-B9 | 2.4 | 110 – 130| 12 – 14 | Ar: 15 (torch) | 不要 | Max 300℃ |
- タングステン電極: 2%セリウム入りタングステン($WCe_2$) 径 2.4mm先端を鋭利な尖塔状に研磨(軸方向に研ぐ)。アークの直進性を高め、根部への熱集中を適正化する。
- 開先形状: ルート面(根元) 1.5±0.5mm、ルートギャップ 2.0〜2.5mm、開先角度 60°〜75°。
5. 専門的知見:JIS / ISO規格および冶金学的裏付け
関連規格と施工基準
高クロム耐熱鋼の溶接施工および検査においては、以下の規格に準拠する必要がある。
- JIS Z 3700(ボイラ及び圧力容器の溶接施工方法確認試験)
- ISO 15614-1(金属材料の溶接施工方法の試験―第1部分:鋼のアーク溶接およびガス溶接、ならびにニッケルおよびニッケル合金のアーク溶接)
- ASME BPVC Sec.IX(Welding, Brazing, and Fusing Qualifications)
これらの中で、P91などのマテリアル(P-No. 5B)に対する裏なみ溶接部の品質基準は非常に厳格であり、RT(放射線透過試験)における気孔の許容限界はゼロに近い。ボロイドが検出された場合、単なる補修では済まず、切断・再施工となるリスクが高い。
冶金学的考察:溶接後の熱処理(PWHT)との関係
裏なみ溶接部でボロイドなどの微小欠陥が存在したまま、規定のPWHT(Post Weld Heat Treatment:溶後熱処理、通常 740℃〜760℃ × 2〜4時間)を行うと、応力集中により微小気孔が合体・成長し、高温クリープ破断時の起点となる。
したがって、「後から熱処理するから多少の気孔は許容される」という認識は誤りであり、溶接施工段階(熱履歴の厳格なコントロール)でボロイドの発生を完全に遮断することが、プラントの安全性担保における絶対条件となる。