
名称 | 加熱温度範囲 | 特徴 | |
---|---|---|---|
溶接金属 | 溶融温度以上 | 溶接凝固した領域で、柱状晶・樹枝状晶を呈する | |
① | 粗粒域 | 1250℃以上 | 溶融線に接し、粗大なオーステナイトから冷却された領域で、結晶粒が粗大で硬化、ぜい化しやすい |
② | 中間域 | 1250-1100℃ | 粗粒域と細粒域の中間の組織 |
③ | 細粒域 | 1100-900℃ | A3点直情の微細なオーステナイトから冷却された領域で、結晶粒が微細で、じん性が良好 |
④ | 部分変域 | 900-750℃ | A1-A3点の間に加熱され部分的にオーステナイトになった状態から冷却された領域で、層状パーライトの形状がぼやける。島状マルテンサイト生成によりぜい化することがある。 |
⑤ | 母材原質部 | 750℃以下 | 熱影響を受けない、元の母材組織 |
特徴
- 粗粒域のミクロ組織は、鋼材の変態特性を図式化したCCTと冷却速度を組み合わせることにより、予測することができる
- 鋼溶接熱影響部で最高硬さを示すのは1250℃以上に加熱された領域で、粗粒域である
- 最高硬さに及ぼす鋼の化学成分の影響を表すものは炭素当量である
- 高張力鋼の溶接部の硬さは、粗粒部で最も高い。この最高硬さは、溶接部のCCT図と冷却速度から予想できる
- 熱影響部の各部位の機械的性質は、高温組織の結晶粒の大きさと、変態によって生じる組織の粗さに左右される。高温組織の結晶粒が肥大化すると、切り欠きじん性がある温度以下で著しく低下し、 ぜい性破壊することがある。その改善にはNiが有効であり、これを9%程度添加した鋼が低温用鋼として実用されている
詳細説明
溶接作業では、高温の熱源(アークやガス炎など)を使って金属同士を接合します。このとき、溶接部周辺の母材にも熱が伝わり、「熱影響部(Heat Affected Zone:HAZ)」と呼ばれる領域が形成されます。熱影響部は溶融はしていないものの、加熱によって金属組織や機械的性質に変化が生じる領域で、溶接品質や構造物の安全性に大きく関わる重要な部分です。
🔶 熱影響部(HAZ)とは?
HAZ(Heat Affected Zone)は、溶接によって母材の金属が加熱されることで、材料の結晶構造や性質が変化する領域を指します。溶融している溶接金属(溶接ビード)と、まったく熱の影響を受けていない母材との間に存在します。
熱影響部の大きさや性質は、以下の要因に大きく左右されます:
- 溶接方法(アーク溶接、レーザー溶接など)
- 熱入力(電流・電圧・溶接速度)
- 冷却速度
- 母材の種類・成分
- 予熱や後熱処理の有無
🔶 熱影響部の区分(鋼材の場合)
鋼の溶接における熱影響部は、加熱温度と冷却速度の違いにより、次のように細かく分類されます:
1. 粗粒熱影響部(CGHAZ:Coarse Grain HAZ)
- 最も溶接金属に近い領域で、加熱温度は1000℃以上に達します。
- 結晶粒が粗大化しやすく、靭性(割れにくさ)が低下。
- 急冷により硬くてもろいマルテンサイト組織が形成されることも。
2. 細粒熱影響部(FGHAZ:Fine Grain HAZ)
- 粗粒域の外側で、再結晶が起こり結晶粒が細かくなる。
- 強度・靭性のバランスが比較的良好で、機械的性質が安定。
3. 部分変態域(ICHAZ:Intercritical HAZ)
- 変態点(Ac1〜Ac3)の間に加熱された領域。
- オーステナイトとフェライトが混在し、組織が不均一。
- 焼もどしマルテンサイトや残留応力が発生する可能性あり。
4. 変態しない域(SCHAZ:Subcritical HAZ)
- 変態温度以下(550〜700℃程度)に加熱された範囲。
- 金属組織の大きな変化はないが、軟化や時効硬化などの影響が出ることがある。
🔶 熱影響部による問題点
熱影響部では、母材の性質が溶接前と異なるため、以下のような問題が生じる可能性があります。
◆ 脆化(ぜいか)
特に粗粒域では、結晶粒が粗くなることで靭性が低下し、割れやすくなる。
◆ 応力腐食割れ
溶接時の残留応力と組織変化により、腐食と割れが同時に進行する危険性が高くなる。
◆ 硬さの変化(硬化・軟化)
冷却条件や母材成分により、硬すぎて割れやすくなったり、軟化して強度が下がったりする。
◆ 溶接割れの原因
熱影響部の不均一な組織が、冷却時の収縮応力や水素による割れの起点になることも。
🔶 熱影響部への対策
熱影響部の不具合を防ぎ、溶接品質を向上させるために、以下のような対策が行われます:
1. 適正な熱入力の管理
熱が入りすぎると粗粒化やマルテンサイト化のリスクが高くなります。溶接電流・電圧・速度の最適化が必要です。
2. 予熱・後熱処理の実施
あらかじめ加熱することで冷却を緩やかにし、マルテンサイトの生成や割れの発生を防止します。後熱処理(PWHT)で残留応力の緩和も重要です。
3. 適切な材料選定
熱影響に強い鋼種(微量元素添加による粒成長抑制鋼など)を選ぶことで、粗粒化や硬化を抑えることが可能です。
🔶 まとめ
溶接によって母材に生じる熱影響は、接合部の信頼性を左右する極めて重要な現象です。特にHAZでは、加熱による結晶粒の変化や組織の不均一性により、強度、靭性、耐食性が大きく変化します。粗粒域では割れやすくなり、部分変態域では不安定な組織ができるなど、課題が多いため、材料・条件・手順の適切な選定と管理が不可欠です。
溶接に関わる設計者や技術者は、HAZの特性とリスクをよく理解し、適切な溶接計画と施工管理を行うことが求められます。