曲げ試験片の割れ起点は何を語るか?――破面解析による溶接施工不良の逆引き診断
JIS Z 3122(突合せ継手の曲げ試験方法)に基づく曲げ試験は、溶接継手の塑性変形能や健全性を評価するための最も基本的かつ信頼性の高い破壊試験である。試験片に外力を加え、表面または裏面に引張応力を生じさせた際に出現する「割れ(クラック)」の位置、破面の性状、およびその起点は、溶接施工における重大な不具合を雄弁に物語る。
現場の品質管理者や溶接施工管理技術者にとって、曲げ試験の合否判定で終わるのではなく、不合格となった試験片の「割れ起点」を正確に特定し、その原因を冶金学的・施工条件的に逆引きする能力は、次工程の不良再発を防ぐ上で不可欠である。
本稿では、曲げ試験で発生する代表的な割れ要因である「融合不良」「スラグ巻込み」「水素脆化」を取り上げ、それぞれの識別手法と、そこから導き出される現場へのフィードバック手法を詳述する。
1. 基礎知識:曲げ試験のメカニズムと応力分布
1.1 曲げ試験の種類と引張歪み
JIS Z 3122に規定される曲げ試験には、表曲げ(Face Bend)、裏曲げ(Root Bend)、および側曲げ(Side Bend)がある。
- 表曲げ: 溶接継手の表面(余盛側)に引張応力が作用する。
- 裏曲げ: 溶接継手の裏面(裏波側・ルート側)に引張応力が作用する。
- 側曲げ: 厚板などで、溶接断面全体が引張応力を受ける。
曲げジグを用いて試験片を押し曲げた際、外側(引張側)の表面には最大で約10〜20%程度の塑性歪み(表面歪み $\varepsilon$)が強制的に与えられる。健全な溶接金属および母材であれば、この塑性変形に追従して滑らかに変形するが、内部あるいは表面近傍に冶金学的・機械的な欠陥が存在すると、その応力集中係数の高さから、塑性変形の初期段階(あるいは許容歪みに達する前)で微小割れが発生・伝播する。
1.2 許容基準の考え方
JIS Z 3021(鋼溶接継手の放射線透過試験方法)や各種施工規格(JIS B 8285、WES 2805など)において、曲げ試験後の評価基準は通常以下の通りである。
- 開口割れ(幅または長さが1.5mmを超えるような割れ)が表面に見られないこと。
- 隅部に生じた微小な割れ(長さ0.5mm未満など)は原則として無視し得るが、それが欠陥に起因する場合は不合格となる。
2. 破面解析による欠陥の識別(融合不良・スラグ巻込み・水素脆化)
曲げ試験片に生じた割れを実体顕微鏡や低倍率の拡大鏡(10〜20倍)で観察し、破面のテクスチャや起点の位置を確認することで、不具合要因を完全に識別できる。
【曲げ試験片の割れ位置と破面からの逆引きフロー】
├── [表面/裏面のビード端部・開先壁面]
│ └── 破面に母材の圧延面やタングステン/酸化膜、フュージョンラインの露出
│ └── 【融合不良(Lack of Fusion)】
├── [溶接金属の内部・層間]
│ └── 破面に暗色のガラス質・非金属介在物、気孔の存在
│ └── 【スラグ巻込み(Slag Inclusion)】
└── [溶接金属または熱影響部(HAZ)]
└── 破面が平滑(擬 cleavage)で、数日〜数週間後の遅れ破壊、フィッシュアイの存在
└── 【水素脆化(Hydrogen Embrittlement)】
2.1 融合不良(Lack of Fusion)
# ① 発生メカニズム
母材と溶接金属、あるいは多層盛溶接におけるパス間(層間)において、溶着金属が十分に溶け込み合わずに物理的な隙間(未融着部)が残存する現象。入熱不足、トーチ/電極の角度不良、開先加工の不備、あるいは母材表面のミルスケール・錆の残留が主因となる。
# ② 曲げ試験での現れ方と破面の特徴
- 起点の位置: 開先面(フュージョンライン)または多層盛の層間。表曲げ・裏曲げの双方で発生し得るが、特に裏曲げのルート部や側曲げの開先壁面で顕著。
- 破面の外観: 溶融した形跡のない、元の開先加工面(機械加工痕)や母材の地肌がそのまま露出している。金属光沢がある場合や、酸化膜に覆われて青褐色に変色している場合がある。塑性変形によるせん断破面ではなく、純粋な剥離面であるため、ミクロ的にディンプルがほとんど観察されない。
# ③ 現場の溶接条件へのフィードバック(原因と対策)
- 原因:
- 溶接電流の不足(入熱量低下)。
- アークの指向性不良(マグ/CO2溶接時のワイヤ先端位置のズレ、TIG溶接時のタングステン電極の偏芯)。
- 開先幅が狭すぎる、またはルート間隔が狭い(特に重層盛の底部)。
- 対策:
- 溶接電流・電圧の適正化(例: 1.2mmワイヤで電流 250A〜280A、電圧 28〜30Vの適正範囲維持)。
- トーチング角の厳守(開先面に対して適切なアーク力を与えるため、ウィービング幅やパス割りの見直し)。
- 開先内の清掃徹底(ワイヤーブラシやグラインダーによるスケール・油分の完全除去)。
2.2 スラグ巻込み(Slag Inclusion)
# ① 発生メカニズム
被覆アーク溶接(SMAW)やフラックス入りワイヤを用いたガスシールドアーク溶接(FCAW)において、生成されたスラグが次のパスの溶着金属に飲み込まれ、外部に出ずに内部に閉じ込められる現象。
# ② 曲げ試験での現れ方と破面の特徴
- 起点はどこか: 溶接金属の内部、特にアンダーカット部やビード間の急峻な溝(トレンチ状の隙間)の底。
- 破面の外観: 割れを開いた際、破面の中心部にガラス質または多孔質な非金属介在物(スラグ)が挟まっている。スラグが存在していた部分は、周囲の金属組織とは異なり、滑らかな母材面や結晶粒の微細化が見られない空洞・異物層として確認できる。
# ③ 現場の溶接条件へのフィードバック(原因と対策)
- 原因:
- 前パスのスラグ除去不良(パーフェクトにスラグを叩き落としていない)。
- ビード形状が極端な凸状(ロームビード)になり、パス間に深い溝が形成された。
- アーク電圧が高すぎる、またはウィービングが広すぎてスラグが先行して流れた。
- 対策:
- パスごとのスラグハンマー、ケレン針、ワイヤーブラシによる完全なスラグ除去の徹底。
- 溶接姿勢と速度の調整(水平回しや上向き溶接ではスラグの先行を防ぐため、適切な短絡移行またはスプレー移行の維持、および適切な溶接速度の確保)。
- アーク電圧の適正化(アーク長を短く保つ)。
2.3 水素脆化(Hydrogen Embrittlement / 遅れ破壊)
# ① 発生メカニズム
溶接時のアーク雰囲気(大気中の湿気、被覆剤の吸湿、母材・ワイヤの油分など)から解離した原子状水素(H)が、高温から冷却過程にある溶接金属や高張力鋼の熱影響部(HAZ)に侵入し、マルテンサイト変態や残留応力、三軸応力状態と相まって、数時間から数日後に突発的な脆性破壊(遅れ破壊)を引き起こす現象。
# ② 曲げ試験での現れ方と破面の特徴
- 起点はどこか: 溶接金属内部、または焼入性の高いHAZ部。他の欠陥(気孔や微小割れ)がなくても発生する。
- 破面の外観:
- フィッシュアイ(Fish Eye): 破面の中に、白く輝く円形(魚の目玉状)の領域が点在する。その中心には必ず微小なポア(気孔)や介在物が存在し、そこから水素が拡散・集積して周囲を脆化させた証拠となる。
- クォージング/擬劈開(Quasi-cleavage): 破面全体が塑性変形を伴わない平滑な結晶面破壊(トランスグランジュラー)を示す。
# ③ 現場の溶接条件へのフィードバック(原因と対策)
- 原因:
- 低水素系溶接棒(LMB系)の吸湿(ベーキング不足)。JIS Z 3211等に基づく再乾燥(例:300〜350℃×1〜2時間)を行わずに使用。
- シールドガスの水分混入(ボンベ内の結露、ホースの破損による大気同伴)。
- 母材の炭素当量(Ceq)が高く、予熱不足によりHAZに硬化組織(マルテンサイト)が形成された。
- 対策:
- 溶接材料の厳格な管理(保管庫の温度・湿度管理、ポータブル乾燥機の使用)。
- 施工時の予熱およびパス間温度の管理(例: 590MPa級以上の高張力鋼では、板厚に応じた適切な予熱(50〜150℃以上)を実施し、冷却速度を緩やかにして水素を拡散放出させる)。
- 後熱処理(Post Weld Heat Treatment: PWHT)の実施による残留応力の除去と拡散性水素の低減。
3. 総合診断マトリクス:現場監督者のための実践チェックリスト
曲げ試験で不合格判定(割れ発生)が出た場合、施工管理者は以下のマトリクスを用いて直ちに原因を特定し、アクションを起こさなければならない。
| 割れ発生位置 | 破面の特徴・異物 | 推定される不良要因 | 現場での即時アクション(対策) |
| :--- | :--- | :--- | :--- |
| 開先壁面・フュージョンライン | 機械加工痕の露出、金属光沢 | 融合不良 (Lack of Fusion) | ・溶接電流を 10〜15% 増加<・トーチ角度およびウィービング幅の再指導<・開先面のサンダー清掃徹底 |
| 溶接金属の層間・ビード中央 | ガラス質・非金属介在物の挟まり | スラグ巻込み (Slag Inclusion) | ・パス間スラグのケレン作業の徹底<・アーク電圧の低下(アーク長短縮)<・ビード形状のフラット化 |
| 溶接金属 / HAZ内部 | フィッシュアイ、擬劈開破面 | 水素脆化 (Hydrogen Embrittlement) | ・低水素系溶接棒の吸湿確認・再烘還(350℃×2h)<・予熱温度およびパス間温度の引き上げ<・シールドガス露点・流量の点検 |
| 母材表面・熱影響部 | 砂状・積層状の剥離 | 素材起因の欠陥(偏析・ラミネーション) | ・母材ミルシートの確認(S, P量、Z方向特性)<・超音波探傷試験(UT)による母材健全性の再確認 |
4. 規格・基準を踏まえた品質保証体制へのフィードバック
JIS Z 3122に基づく曲げ試験の結果を単なる「合否の判定」で終わらせず、その破面解析データを溶接施工要領書(WPS: Welding Procedure Specification)の改訂にフィードバックするループを構築することが、プロフェッショナルな品質保証エンジニアの役割である。
1. WPSの検証: 入熱量(Heat Input)の計算式 $H = \frac{60 \times E \times I}{1000 \times v}$ ($E$:電圧, $I$:電流, $v$:溶速)を見直し、適正範囲内にあるか再確認する。
2. NDT(非破壊検査)との相関性: 曲げ試験で発見された融合不良やスラグ巻込みが、放射線透過試験(RT)や超音波探傷試験(UT)で検出可能であったか(検出感度の妥当性)を検証し、検査基準の精度を高める。
3. トレーサビリティの確保: どの溶接士(Welders Qualification Test合格者)が施工した試験片であるかを紐付け、特定個人の癖(トーチ角度の傾き、スラグ除去の甘さなど)に起因する場合は、個別指導や再教育を実施する。
曲げ試験片の割れ起点は、溶接プロセスのどこにボトルネックがあるかを正確に指し示す羅針盤である。この解析力を現場に定着させることが、構造物の安全性と信頼性を担保する唯一の道である。