高張力鋼溶接における『低温割れ』防止のための予熱・パス間温度ロボット管理
自動溶接ライン、特に高張力鋼(ハイテン)を扱う現場において、最大の脅威となるのが「低温割れ(遅れ割れ)」である。
手動溶接であれば熟練工の勘と経験、あるいはチョーク型温度計や接触式熱電対で管理できた予熱・パス間温度も、タクトタイムの厳しい自動化・ロボット化の現場では、人間の手による管理が追い付かない。
本稿では、赤外線センサを用いたリアルタイム温度監視システムと、PLC/ロボットコントローラを連動させた自動インターロック制御による、低温割れ完全防止の技術体系を実務レベルで詳解する。
1. 基礎知識:高張力鋼の低温割れメカニズムと温度管理の原理
高張力鋼における低温割れの3大要因
低温割れは、溶接完了後から数時間〜数日経過した後に発生する水素起因の割れであり、以下の3条件が同時に揃ったときに発生する。
1. 硬化組織(マルテンサイト)の存在
- 炭素当量($Ceq$)や溶接割れ感受性組成($P_cm$)が高い高張力鋼では、溶接後の急冷により硬く脆い焼入れ組織が生成される。
2. 拡散性水素の侵入
- 溶接材料の吸湿、シールドガスの水分、母材の錆や油分からアーク中に水素が解離し、溶接金属および熱影響部(HAZ)に拡散する。
3. 拘束応力の存在
- 構造体の形状や継手形式に起因する高い引張残留応力。
なぜ予熱とパス間温度の管理が必要か
予熱およびパス間温度管理の目的は、「溶接部の冷却速度を緩やかにし、硬化組織の生成を抑制する」ことと、「拡散性水素を速やかに外部へ放出(ベーキング効果)させる」ことの2点に尽きる。
- 予熱不足:冷却速度が速くなりすぎ、HAZに硬化組織が形成され、低温割れ感受性が劇的に跳ね上がる。
- パス間温度の上限超過:多層溶接においてパス間温度が高すぎると、溶接金属の靭性低下(結晶粒の粗大化)や高温割れの誘発、さらには母材の強度低下を招く。したがって、「下限値(予熱・パス間温度)」だけでなく「上限値」の管理も極めて重要である。
2. 現場での実践:赤外線センサとロボット制御による自動化システム
手動計測のバラツキを排除し、ヒューマンエラーを防ぐためには、ロボットシステムへの温度監視・制御の統合が不可欠である。
システム構成
1. 非接触赤外線放射温度計(Pyrometer)
- ロボットアームの先端(トーチ近傍)または固定式で設置。測定波長域は測定対象の放射率(黒体からのズレ)と外乱光(アーク光の反射など)の影響を受けにくい短波長帯(例:0.8〜1.0μm)を選定する。
2. PLC / ロボットコントローラ
- センサからのアナログ(4-20mA)またはデジタル(EtherCAT / PROFINET等)信号を受け、予め設定された閾値と比較判定を行う。
3. インターロック機構
- 条件不成立時に溶接電流の出力を即座に遮断し、アークスタートを禁止、またはエラーアラームを発報する。
ロボットプログラムによる制御アルゴリズムの具体例
[ ワークロード完了 ]
↓
[ 赤外線センサによる母材温度スキャン ]
↓
IF ( 測定温度 < 予熱下限値 T_min ) THEN
- ロボット停止 & 外部ヒーター(IHまたはガスバーナー)へ加熱指令
- 再スキャン実行
ELSE IF ( 測定温度 > 予熱上限値 T_max ) THEN
- ロボット一時停止 & 「冷却待ち」タイマー起動
ELSE
- 溶接プロセス開始(Arc Start)
END IF
↓
[ 多層溶接時のパス間温度監視 ]
- 1パス終了後、トーチを退避させアーク点直近の温度を測定
- T_min ≦ パス間温度 ≦ T_max を確認後、次パスへ移行
3. 溶接施工条件と具体的な管理パラメータ
実務で遭遇する代表的な高張力鋼(JIS G 3106 780MPa級鋼:HT780、およびEN規格 S690QL等)を対象とした、ロボット溶接における施工管理基準の目安を示す。
材料特性と冶金学的データ
- 鋼種例:HT780(引張強度 780N/mm²級)
- 板厚:25mm(厚板多層まねき継手・T継手)
- 炭素当量 ($Ceq$) 計算式(JIS式):
$$Ceq = C + \frac{Mn}{6} + \frac{Si}{24} + \frac{Ni}{40} + \frac{Cr}{5} + \frac{Mo}{4} + \frac{V}{14} \quad (\text{通常 } 0.45\%\text{ 前後})$$
- 溶接材料:MAG溶接(YGW81相当、低水素系ソリッドワイヤ、シールドガス $80\%\text{Ar} + 20\%\text{CO}_2$)
施工管理パラメータの具体値
| 項目 | 設定値・管理範囲 | 備考 |
| :--- | :--- | :--- |
| 予熱温度 (Preheat Temp.) | 125℃以上 〜 175℃以下 | 板厚・拘束度・$Ceq$から決定。赤外線センサの下限インターロック設定値。 |
| パス間温度 (Interpass Temp.) | 125℃以上 〜 200℃以下 | これを超えると靭性が劣化。下回ると低温割れリスク増大。 |
| 溶接電流 ($I$) | 220 A 〜 260 A | パルスMAG制御 |
| アーク電圧 ($V$) | 24 V 〜 28 V | ワイヤ送給速度に同期 |
| 溶接速度 ($v$) | 35 cm/min 〜 45 cm/min | 単位長さあたりの入熱量を一定に保つ |
| 入熱量 ($Q$) | $1.0 \sim 1.8 \text{ kJ/mm}$ | $Q = \frac{60 \times V \times I}{1000 \times v}$ から算出 |
4. 専門的知見:JIS/ISO規格に基づく品質保証と冶金学的考察
適用規格と要求事項
高張力鋼の溶接施工管理においては、以下の規格に準拠したシステム検証が求められる。
- JIS Z 3700(溶接構造物の予熱方法)
- 母材の化学成分、板厚、水素含有量、拘束度から算出した必要予熱温度を下回らないこと。
- ISO 13916(Welding — Guidance on the measurement of preheating temperature, interpass temperature and preheat maintenance temperature)
- 温度測定の位置:原則として、溝縁から板厚の厚い方と同等以上(最低50mm以上)離れた位置、またはアーク中心から十分離れた位置での測定。赤外線センサのキャリブレーション(放射率補正)は、熱電対等の接触式温度計との実測比較により定期的に実施すること。
- ISO 15614-1(Specification and qualification of welding procedures for metallic materials)
- WPS(溶接施工要領書)に記載された予熱・パス間温度の許容範囲(通常、予熱は下限のみ、パス間は上下限)から逸脱した自動溶接は、規格違反(不適合品)として扱われる。
冶金学的リスク:水素の挙動と微細組織制御
高張力鋼のHAZ(熱影響部)には、急冷によってラス・マルテンサイト組織が生成される。この組織は転位密度が極めて高く、残留応力が加わることで内部亀裂の伝播パスになりやすい。
1. 水素のトラップサイト
- 拡散性水素は、転位や結晶粒界などの「トラップサイト」に集積する。予熱およびパス間温度を適切に維持することで、溶接完了後の冷却時間が長くなり、格子間を拡散する水素が外部へ抜ける時間(脱水素時間)が確保される。
2. 残留応力の緩和
- 高い予熱温度は、溶接部近傍の温度勾配を緩和し、収縮応力に起因する塑性変形を抑制する。これにより、低温割れの3大要因の一つである「拘束応力」を物理的に低減させることができる。
5. 運用上のトラブルシューティングとセンサ管理のノウハウ
自動化ラインにおいて赤外線センサを用いる場合、現場環境に起因する誤作動や測定誤差が発生しやすい。以下の対策を講じることでシステムの信頼性を担保する。
- 放射率(Emissivity)の変動対策
- 鋼板表面の黒皮(ミルスケール)、錆、酸化被膜、あるいはショットブラスト処理の有無によって放射率が変化する。
- 対策:測定箇所の表面状態を均一化(例:ブラスト処理後にシリコン耐熱スプレーを薄く塗布、または測定ポイントを毎回ワイヤブラシで清掃)し、センサの放射率設定値を実測値(接触式温度計との比較)に厳密に合わせ込む。
- アーク光およびスパッタの干渉
- 溶接中の輻射熱やアーク光の反射、スパッタの付着により、センサレンズが汚染されるか誤測定を引き起こす。
- 対策:
- エアパージユニットをセンサ先端に常時装着し、スパッタや煙を吹き飛ばす。
- 測定タイミングを「アーク消弧後、かつクレータ処理完了直後(例:0.5秒後)」にプログラム上でラッチ(ホールド)し、アーク熱の影響を排除する。
- トレーサビリティの確保
- すべての溶接ビードにおいて、開始前温度とパス間温度をシーケンサのロギング機能で時系列データ(CSV形式等)として保存し、製品の個体管理番号(バーコード/QR読取)と紐付けてデータベース化する。これにより、万が一の品質監査時にも完全な証明が可能となる。