JIS G 3128 溶接構造用高降伏点鋼板(SHY)と高張力鋼(HT590/780)の実務完全ガイド
鋼材商社および部品調達の現場において、高張力鋼(ハイテン)およびTMCP鋼の選定・調達は、構造物の軽量化と高強度化の両立において極めて重要なプロセスである。
本稿では、JIS G 3128に規定される溶接構造用高降伏点鋼板(SHY)を中心に、590MPa級・780MPa級ハイテン(HT590/HT780)、主要高炉メーカーの独自鋼材(製鉄メーカー規格)との対応関係、そして現場で最もトラブルになりやすい溶接時の予熱管理について、冶金学的背景も含めて網羅的に解説する。
1. 基礎知識:ハイテンおよびTMCP鋼の概要とメカニズム
1.1 高張力鋼(ハイテン)とは
高張力鋼(High Tensile Strength Steel:通称ハイテン)とは、一般構造用圧延鋼材(SS400)や溶接構造用圧延鋼材(SM400/SM490)と比較して、引張強さおよび降伏点(耐力)を高めた鋼材の総称である。JIS規格上は引張強さ490MPa級以上を指すことが多く、橋梁、建築、産業機械、圧力容器、建設機械などに広く採用されている。
1.2 従来の調質鋼とTMCP鋼の冶金学的違い
ハイテンの高強度化・高靭性化を実現する製造プロセスには、主に以下の2つが存在する。
1. 調質型(淬入・焼戻し:Q&T):
- 鋼をオーステナイト化温度に加熱後、急冷(焼入れ)して硬いマルテンサイト組織とし、その後適度に加熱(焼戻し)して靭性を付与する。
- 強度は出るが、合金元素(C, Cr, Mo, Bなど)を多く添加するため炭素当量($C_{eq}$)が高くなり、溶接割れ感受性が増大する。
2. TMCP型(Thermo-Mechanical Control Process:熱機械制御圧延):
- 圧延温度と冷却速度を高度に制御しながら圧延を行うプロセス。
- 組織の微細化(フェライト・ベイナイトの細粒化)を促進するため、合金元素の添加量を抑えつつ、高い降伏点と優れた溶接性を両立させることが可能。
- 現在の590MPa級〜780MPa級の厚板・形鋼の主流となっている。
2. 規格の全体像:JIS G 3128(SHY)と主要鋼種の対応関係
2.1 JIS G 3128 溶接構造用高降伏点鋼板(SHY)の概要
JIS G 3128は、主として橋梁、建築、水門などの溶接構造物で使用される、降伏点または耐力が360MPa以上、引張強さが570MPa〜780MPa級の高降伏点鋼板を規定している。
# 【表1】JIS G 3128 の主な規格値(抜粋)
| 記号 | 引張強さ ($N/mm^2$) | 降伏点または耐力 ($N/mm^2$) | 主な適用箇所 |
| :— | :— | :— | :— |
| SHY360 | 570 – 720 | 360以上 (板厚による) | 橋梁・建築主構台 |
| SHY500 | 610 – 750 | 500以上 (板厚による) | 大規模構造物の高応力部 |
※降伏点・耐力は板厚区分(通常16mm以下、16mm超〜40mm以下など)により細分化される。
2.2 HT590・HT780とJIS規格・メーカー独自規格の対応関係
調達実務において混乱しやすいのが、JIS規格名称、引張強さ等級(HT)、および各製鉄メーカー(日本製鉄、JFEスチールなど)のブランド名(独自規格)の関係である。
# 【表2】引張強さ・降伏点・メーカーブランドの対応一覧
| 引張強さ等級 | 代表的なJIS規格 | 日本製鉄(旧新日鉄住金) | JFEスチール | 神戸製鋼所 等 |
| :— | :— | :— | :— | :— |
| 590MPa級 (HT590) | JIS G 3106 SM590
JIS G 3128 SHY360/500 | WEL-TEN570 / 590
NSヒート ※構造による | HITEN590S
JFE-HITEN610U | K·T·H 60 |
| 780MPa級 (HT780) | JIS G 3128 (一部適用) | WEL-TEN780 / 780C | HITEN780U / 780S | K·T·H 80 |
*※注意点:JIS G 3128の「SHY」は降伏点(Yield strength)をベースにした名称であり、引張強さ(Tensile strength)をベースにする「HT590/HT780」とは分類軸が異なる点に調達上の注意が必要である。*
3. 現場での実践・トラブル対策:溶接施工管理の勘所
ハイテン、特に780MPa級(HT780)や高炭素当量のSHY鋼の溶接において最大の懸念事項は「低温割れ(遅れ割れ)」である。これは、溶接熱サイクルにより生じたマルテンサイト組織、溶接部に侵入した拡散性水素、そして拘束応力が複合して発生する。
3.1 炭素当量($C_{eq}$)と溶接裂割れ指数($P_cm$)の計算
材料選定および予熱温度設定の前提として、成分系から割れ感受性を評価する。
- JIS式 炭素当量 ($C_{eq}$)(主として引張強さ・強度の目安):
$$C_{eq} = C + \frac{Mn}{6} + \frac{Si}{24} + \frac{Ni}{40} + \frac{Cr}{5} + \frac{Mo}{4} + \frac{V}{14} \quad (\text{wt}\%)$$
- WES(日本焊接協会)式 溶接裂割れ指数 ($P_{cm}$)(低炭素鋼の低温割れ感受性評価):
$$P_{cm} = C + \frac{Si}{30} + \frac{Mn}{20} + \frac{Cu}{20} + \frac{Ni}{60} + \frac{Cr}{20} + \frac{Mo}{15} + \frac{V}{10} + 5B \quad (\text{wt}\%)$$
*※TMCP鋼では、$P_{cm}$値が低く抑えられており、従来の調質鋼に比べて予熱温度を低減できる設計になっている。*
3.2 溶接時の予熱・パス間温度 管理実務
現場での施工不良を防ぐため、鋼材の板厚および$P_{cm}$に応じた厳格な予熱管理が必要となる。
# 【表3】HT590 / HT780 溶接管理基準の目安(一般的な目安値)
| 項目 | 590MPa級ハイテン (TMCP) | 780MPa級ハイテン (Q&T / TMCP) |
| :— | :— | :— |
| 推奨入熱量 | $15 \sim 40 \, kJ/cm$ | $15 \sim 30 \, kJ/cm$ |
| 予熱温度 ($T_0$) | 室温 〜 $50^\circ\text{C}$(板厚による) | $75^\circ\text{C} \sim 150^\circ\text{C}$ |
| パス間温度上限 | $250^\circ\text{C}$ 以下 | $175^\circ\text{C} \sim 225^\circ\text{C}$ 以下 |
| 後熱処理 (PWHT) | 原則不要(特例を除く) | 原則不要(行う場合は焼戻し温度以下) |
3.3 溶接不良を防ぐ現場の三大鉄則
1. 低水素系溶接材料の使用と管理:
- 拡散性水素量を極限まで下げるため、被覆アーク溶接棒は使用前に必ず規定条件(例:300〜350℃×1〜2時間)でベーキング(乾燥)を行い、保温筒に入れて使用する。マグ・CO2溶接の場合は、シールドガスの露点管理(水分混入の排除)を徹底する。
2. 入熱管理の厳守(過大入熱の禁止):
- 780MPa級において過大な入熱を与えると、溶接継手部の軟化(Softening)が起き、継手全体の引張強さが母材を下回る恐れがある。したがって、電流・電圧・溶接速度を厳密に管理し、ビード単位での入熱量を計算・記録する必要がある。
3. 拘束度の高い継手への配慮:
- 箱型の閉断面構造や厚板の多層溶接では拘束応力が非常に高くなるため、計算上の予熱温度より一段階高い予熱設定とし、かつルートパス(1層目)の割れ発生有無を磁粉探傷試験(MT)等で確認する運用が現場では不可欠である。