予熱

概要

780N/㎟級調質高張力鋼(板厚40mm)、突合わせ継手の溶接で、施工条件として予熱温度及び溶接入熱を規定している
  • 予熱温度の下限値規定の理由:低温割れの発生を防ぐため
  • 溶接入熱の上限値既定の理由:熱影響部のじん性が低下することを防止するため 及び 継手部が軟化して強度不足になることを防止するため

詳細説明

溶接時の「予熱(preheating)」とは、溶接を行う前に母材をあらかじめ加熱する作業を指し、主に溶接欠陥の防止健全な溶接継手の確保を目的とします。特に、中・高炭素鋼や高張力鋼などの硬化性の高い鋼材では、予熱が非常に重要で、適切に実施しないと低温割れ(遅れ割れ)や未溶融合などの重大な欠陥を引き起こす可能性があります。


■ 予熱の目的

溶接時に予熱を行う主な理由は以下のとおりです

1. 冷却速度の低下

予熱をすることで、溶接部が溶融から固化する際の冷却速度を緩やかにすることができます。これにより、硬化組織(マルテンサイトなど)の生成が抑制され、溶接金属や熱影響部(HAZ)の靱性が向上します。

2. 水素の拡散促進

鋼材中の拡散性水素は、溶接後に低温割れ(冷却中または冷却後に発生する割れ)の原因となります。予熱により材料温度が高く保たれることで、溶接中に溶け込んだ水素の逸散を促進し、割れの発生リスクを低下させます。

3. 温度差の緩和

母材と溶接部の間に大きな温度差があると、溶接残留応力が大きくなり、割れの原因になります。予熱によって母材全体の温度を均一に近づけることで、熱応力を低減できます。


■ 予熱が必要な材料

予熱の必要性は、以下のような材料の種類や厚みに依存します。

  • 高炭素鋼・高合金鋼:硬化性が高く、割れの危険性が大きい
  • 高張力鋼(HT780、SM570など)
  • 高硬度鋳鋼や鋳鉄
  • 厚肉材(一般に25mm以上)
  • 低温使用の構造材
  • 多層溶接や拘束の強い溶接

また、JIS(日本産業規格)やAWS(米国溶接学会)の基準では、炭素当量(CE)を用いて予熱の要否や温度を判断します。

■ 炭素当量(CE)による予熱判定

◉ 炭素当量の代表的な式(JIS方式)

CE = C+ Mn/6 + (Cr+Mo+V)/5 + (Ni+Cu)/15​

ここで、CEの値が高くなるほど、材質は割れやすく硬化しやすいと判断され、より高い予熱が必要になります。

CEの値(%)予熱の必要性
~0.40原則不要または軽微な予熱
0.40~0.60状況により予熱を検討
0.60以上予熱が強く推奨される

■ 予熱温度の設定

予熱温度は材質や厚さ、溶接法、拘束条件に応じて設定されます。一般的な温度帯の目安は以下のとおりです。

材質・条件予熱温度(目安)
炭素鋼(中厚)50~150℃
高炭素鋼・高張力鋼150~250℃
鋳鋼や硬化性鋼200~350℃
強拘束構造や多層溶接200℃以上

正確な予熱温度は、WPS(溶接施工要領書)や材料規格、JIS・AWSなどの基準に従って決定されます。


■ 予熱方法

予熱は、次のような方法で実施されます。

1. トーチ加熱(ガスバーナー)

プロパンやアセチレンバーナーを用いて局所的に加熱。手軽だが、均一な加熱が難しいため熟練が必要。

2. 電気加熱パッド(ヒーティングパッド)

電熱ヒーターを巻き付けて一定温度を維持。均一かつ制御しやすいため、厚板や重要構造に多用される。

3. 誘導加熱・赤外線加熱

高周波誘導コイルや赤外線ヒーターを使う方法。設備が高価な分、高精度な温度制御が可能。


■ 予熱の管理

予熱を適切に実施するためには、温度計測と記録が必須です。温度管理には以下の方法が使われます。

  • 接触型温度計(サーモカップルなど)
  • クレヨン型温度インジケーター(溶ける温度で判断)
  • 放射型温度計(非接触)

また、予熱は「溶接開始前の温度(初期予熱温度)」と「溶接中の維持温度(インターパス温度)」の両方を管理する必要があります。


■ 予熱不足によるリスク

予熱を怠ったり、温度が不十分だったりすると、以下のような問題が生じます:

  • 低温割れの発生
  • 熱影響部の脆化
  • 溶接金属の硬化
  • 溶接欠陥の再加工や修理工数の増大

特に冷間環境下での作業や、拘束が強い構造物では、予熱不足が致命的な不具合を引き起こす可能性があります。


■ まとめ

予熱は、溶接品質を確保するための重要な前処理工程であり、特に低温割れの防止健全な溶接部の形成に大きく寄与します。炭素当量の高い材料や、厚肉・拘束の強い溶接部では、適切な予熱温度の設定とその維持管理が不可欠です。

安全で信頼性の高い溶接を実現するためには、材料特性、作業環境、使用する溶接法を考慮した予熱の設計と確実な実施が求められます。

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