多層盛りにおける層間温度管理とビード形状の平滑化テクニック
厚板溶接や高強度鋼の施工において、多層盛り(マルチパス)溶接は避けて通れない技術である。しかし、単にパスを重ねるだけでは、スラグ巻き込み、ポロシティ、ブローホール、そして最悪の場合は著しい靭性低下や溶接割れを引き起こす。
本記事では、次のパスを重ねる前に前層のビード形状をどう整えるか、そして冶金学的・実務的な観点から層間温度をいかに制御すべきか、現場の最前線で培った実践的ノウハウを網羅的に解説する。
1. 基礎知識:多層盛りにおけるメカニズムとリスク
層間温度(Interpass Temperature)の定義と重要性
層間温度とは、多層盛り溶接において、次のパスを置き始める直前の母材(または直前の溶接金属)の温度を指す。
- 温度が高すぎる場合(過熱状態): 溶接熱影響部(HAZ)の結晶粒が粗大化し、衝撃値(靭性)が著しく低下する。また、高温割れ(凝固割れ)の危険性が跳ね上がる。
- 温度が低すぎる場合(冷却不足・予熱不足状態): 尤其是高張力鋼(HT590〜780級)や低合金耐熱鋼において、急冷によるマルテンサイト変態が促進され、水素誘起割れ(遅れ割れ)の原因となる。
ビード形状の乱れが引き起こす物理的欠陥
多層盛りで最も恐れるべきは、「溶け込み不良」と「スラグ巻き込み(アンダカット部の隠蔽)」である。
前層のビード表面が波立っていたり、極端な凸形状(ロージング)を描いていたり、あるいはアンダカットが深く刻まれていると、次パスの溶融金属がその隙間にスムーズに行き渡らない。結果として、微細なスラグやガスが閉じ込められ、非破壊検査(RTやUT)で確実に弾かれる致命傷となる。
2. 現場での実践:ビード平滑化とグラインダー処理の極意
美しい積層と健全な溶接部を作るための第一歩は、「前層のプロファイル(形状)修正」にある。
グラインダー処理の基本原則
「グラインダーをかければかけるほど良い」というのは素人の発想である。過剰な削り込みは母材の断面積を減らし、溝(グルーブ)の形状を狂わせる。
- 使用する砥石の選択: 荒削りにはオフセット砥石(粒度#36〜#46)、形状の微調整やスラグ・酸化皮膜の除去にはディスクペーパー(ジルコニア系、粒度#60〜#80)を使用する。
- 削るべき箇所:
- ビード端部(トウ部)の急峻な段差。
- スラグの噛み込みが疑われる窪み。
- 前層で発生したハンモック状の極端な凹凸。
- プロファイルの整形: 溝の底面は、次パスの溶極(TIGのワイヤ、MAG/CO2のワイヤ、被覆アークの棒)が確実に底まで届くよう、緩やかなU字またはV字の谷を形成する。鋭角なV溝の底は絶対に避ける。
運棒(ウィービング・ストリンガー)のコントロール
次層を置く際の運棒技術が、グラインダーの手間を最小限にする。
- ストリンガービード(直線運棒)の活用: 多層盛りの基本はストリンガーである。ウィービング(振幅)を大きくしすぎると、ビード中央が盛り上がり、両端がアンダカット気味になるため、層間形状が悪化する。
- ステップダウン・マルチパスの狙い位置:
- 2層目以降は、前層のビードの「肩(ショルダー)」部分にアークを集中させる意識を持つ。
- パスを重ねるごとに中心を少しずつずらす(千鳥配置)ことで、全体としての平滑性を保つ。
3. 施工パラメータと管理基準
現場で直ちに適用すべき具体的な数値データを以下に示す。
典型的な溶接条件の目安(軟鋼・50キロ級高張力鋼 / 下向き・水平姿勢)
| 溶接法 | 1パス目(ルート・ホット) | 2パス目以降(フィラー・キャップ) |
| :— | :— | :— |
| 半自動 (MAG/CO2) | 電流: 180〜220A
電圧: 22〜24V
速度: 30〜40cm/min | 電流: 220〜260A
電圧: 26〜29V
速度: 40〜50cm/min |
| TIG (GTAW) | 電流: 130〜160A
電圧: 12〜14V (ARC)
速度: 15〜20cm/min | 電流: 160〜200A
電圧: 14〜16V (ARC)
速度: 20〜25cm/min |
| 被覆アーク (SMAW) | 棒径: 3.2mm
電流: 100〜130A | 棒径: 4.0mm
電流: 140〜180A |
層間温度の管理手法
- 測定器の指定: 接触式温度計(熱電対式)または放射温度計を使用する。チョーク式の温度指示材(サーモクレヨン)は油分汚染の原因になるため、重要構造物では使用を避ける。
- 管理幅の例(JIS Z 3700 / ISO 13916準拠):
- 一般構造用鋼 (SS400等): 上限 250℃〜300℃(極端な加熱を避ける程度)
- 高張力鋼 (HT780等): 下限 100℃以上 / 上限 175℃〜200℃厳守(靭性維持のため)
- 冷却管理: 温度が上限を超えた場合は、空冷または強制空冷(圧縮エア等。水冷は急冷による割れを誘発するため厳禁)を行い、規定温度まで下げてから次のパスを開始する。
4. 専門的知見:冶金学的アプローチと規格の要求事項
組織制御(リファイニング効果)
多層盛り溶接の最大のメリットは、「後続パスの熱による前層(溶接金属およびHAZ)の焼なまし(リファイニング・再結晶)」にある。
1. 柱状晶の破壊: 1パス目で凝固した粗大な柱状晶組織は、2パス目のアーク熱によってオーステナイト化温度($A_c3$点以上)に加熱され、冷却時に細粒のフェライト・パーライト(またはベイナイト)組織へと変態する。
2. 硬さの均一化: 急冷によって硬化したゾーンが焼戻され、延性と靭性が回復する。この冶金学的な恩恵を最大限に受けるためには、各パスの溶け込み深さと重なり幅(オーバーラップ率:通常30〜50%)を均一に保つ必要がある。
関連規格と品質基準
施工管理においては、以下の規格および基準に準拠したパス間管理が求められる。
- JIS Z 3101(溶接構造用鋼の溶接施工方法確認試験): 多層盛りにおける入熱量および層間温度の上下限値が、機械試験結果(引張・シャルピー衝撃試験)に与える影響を評価し、WPS(溶接施工要領書)を策定する根拠となる。
- ISO 13916 / AWS D1.1: 層間温度の測定位置(通常、溶接部から25mm以内、またはビードの直近)と記録義務を規定。特に耐候性鋼や低温用鋼(9%ニッケル鋼など)では、温度管理の逸脱は即座に不合格判定につながる。
5. トラブルシューティング:現場で起きる不具合と即効対策
症状A:ビード中央の極端な盛り上がり(ロージング)により、次パスでスラグが噛み込む
- 原因: 電流が低すぎる、またはウィービングの際に両端での停滞時間が短く中央で溜まっている。
- 対策:
1. 電流を10〜15%上げ、アークの掘り込み(ペネトレーション)を広げる。
2. 運棒をストリンガー(直進)基調に変更するか、両端で少しウェルト(揺らし)を入れるように修正する。
3. すでに盛り上がった部分は、必ずグラインダーで平滑にフラット化してから次パスへ進む。
症状B:多層盛りの途中でポロシティ(巣)が連続発生する
- 原因: 前層のグラインダー処理時に残った削りかす(金属粉)や、表面に付着した油分・水分が閉じ込められている。あるいは、層間温度が高すぎてシールドガスが熱対流で乱れている。
- 対策:
1. グラインダー処理後は、アセトンや専用クリーナーで完全に脱脂・清掃を行う(エアブローの水分・油分混入にも注意)。
2. 層間温度が高すぎる場合は、規定温度まで十分に冷却時間を取る。
3. シールドガスの流量(MAG/CO2の場合は20〜25 L/min)を確認し、風の影響(ドラフト)がないか遮光カーテン等で養生する。