多層盛り溶接の極意:層間温度制御とスラグ除去が溶接品質を決定づける
多層盛り溶接(Multi-pass welding)は、厚板溶接において不可欠な工程だが、単に「溶接を重ねる」だけでは不十分だ。層間ごとの温度管理とスラグの完全除去を怠れば、内部欠陥(スラグ巻込み、融合不良)が連鎖し、継手全体の機械的性能は著しく低下する。本稿では、プロの溶接工として知っておくべき、品質を担保するためのルーティンを徹底解説する。
1. 基礎知識:なぜ層間管理が重要なのか
層間温度(Interpass Temperature)のメカニズム
層間温度とは、次層を溶接する直前の先行層の温度を指す。
- 高温過ぎる場合: 冷却速度が遅くなり、熱影響部(HAZ)の粗大化を招く。特に高張力鋼(HT鋼)では靭性の著しい低下や、遅れ割れのリスクが増大する。
- 低温過ぎる場合: 溶融金属の流動性が確保できず、融合不良やスラグ巻込みの原因となる。
スラグ除去の冶金学的意味
被覆アーク溶接(SMAW)において、フラックスから生成されるスラグは溶融池を保護する役割を果たすが、次層にとっては「異物」である。完全に除去しなければ、次の溶融金属との結合を阻害し、X線検査で確実に検出される線状スラグ欠陥となる。
2. 現場での実践・トラブル対策:プロのルーティン
スラグ除去の徹底(クリーニング作業)
「叩いて終わり」は素人の仕事だ。以下の手順を鉄則とする。
1. 一次除去: チッピングハンマーでスラグを浮かす。この際、母材を叩きすぎないこと(傷は応力集中源となる)。
2. 二次除去: ワイヤブラシ(ステンレスまたは炭素鋼の使い分けを徹底)で、溝の角(ルート際)まで完全に光沢が出るまで擦る。
3. 目視確認: 凹凸が激しい場合は、グラインダーで「ならし」を行う。特に「指で触って段差を感じる場所」は、次層で溶け込みが追いつかず、必ずスラグが残る。
層間温度の管理実務
- 計測ツール: 接触式温度計または温度検知クレヨン(テンプスティック)を使用する。
- 管理目安: 一般的な軟鋼であれば150℃〜250℃程度が適正範囲。
- 現場の工夫: 温度が高すぎる場合は、濡れウェスで冷却するのではなく、自然放冷を待つことが重要だ。急冷はマルテンサイト変態を誘発し、割れの原因となる。
推奨施工条件(厚板・多層盛りの場合)
| 項目 | 設定の考え方 |
| :— | :— |
| 溶接電流 | 下向きよりやや低めに設定(溶融池の制御優先) |
| アーク長 | 極力短く(スラグの先行を防ぐため) |
| 運棒法 | 直線または小刻みなウィービング(スラグを溶融池の後方に追いやる) |
3. 専門的知見:規格と冶金学的根拠
JIS/ISO規格における規定
溶接施工要領書(WPS)において、層間温度の上限値は厳格に規定されている。
- JIS Z 3410 / ISO 15609: 溶接施工手順仕様書(WPS)に基づいた層間温度の記録が求められる。特に高張力鋼やステンレス鋼の場合、層間温度の管理は「必須項目」であり、これを逸脱した溶接は、製品の構造的完全性を保証できない。
冶金学的リスク:水素脆化と割れ
多層盛りにおいてスラグ除去が不十分だと、次層の溶融金属がスラグを巻き込み、そこが「応力集中源」および「水素の溜まり場」となる。
- 拡散性水素: スラグの隙間にトラップされた水素は、冷却過程で結晶粒界に蓄積し、低温割れ(遅れ割れ)を引き起こす。
- 結晶粒の粗大化: 入熱過多(層間温度が高すぎ、かつ溶接速度が遅い)の状態が続くと、オーステナイト粒が粗大化し、シャルピー衝撃試験でのエネルギー吸収率が著しく低下する。
トラブルシューティング・チェックリスト
- スラグが取れない: 電流が低すぎる(溶け込み不足)か、アーク長が長すぎる。
- 融合不良(レック): 運棒速度が速すぎるか、先行層の凸部が大きすぎる。
- アンダーカット: 電流が高すぎるか、電極角度が不適切。
結論:品質は「見えない部分」で決まる
溶接において、最終的な外観ビードはあくまで結果に過ぎない。真の品質は、層間ごとの徹底したクリーニングと、温度管理という地味な作業の積み重ねによってのみ達成される。現場では「次工程の自分が溶接しやすい状態を自分で作る」という意識を持つこと。これが、やり直しを減らし、確実な溶け込みと強度を保証する唯一の道である。