超音波探傷試験(UT / PAUT)における偽像(ゴースト信号)の識別と排除技術:完全網羅型実務解説
超音波探傷試験(UT)およびフェーズドアレイ超音波探傷試験(PAUT)において、検出精度の信頼性を揺るがす最大の要因の一つが「偽像(ゴースト信号)」である。真の欠陥と誤認して過剰な補修(ガウジング・再溶接)を行えば工期遅延とコスト増を招き、逆に偽像を無視して真の欠陥を見逃せば重大な構造的破局につながる。
本稿では、WES特別級・1級レベルの技術者が現場で直面するモード変換、幾何学的反射、きわどい干渉波の発生メカニズムを冶金学・音響学の観点から深掘りし、S-scan(セクタースキャン)およびE-scan(リニアスキャン)を用いた論理的識別・排除技術を完全網羅する。
1. 偽像(ゴースト信号)の発生メカニズムと音響学的分類
超音波探傷における偽像は、音響インピーダンスの不連続面や境界条件の変化により、超音波が意図しない伝搬経路をたどることで発生する。これらはJIS Z 3060(溶接部の超音波探傷試験方法)やISO 17640等で定義される原理に基づき、以下の主要なカテゴリに分類される。
(1) モード変換による偽像(Mode Conversion Artifacts)
斜角探傷において、せん断波(横波:Shear Wave)が母材の裏面や開先壁面、あるいは欠陥先端で反射・回折する際、一部が縦波(Longitudinal Wave)へ、あるいはその逆へとモード変換を起こす現象。
- 音速の差異による位置ずれ:
鋼材中の縦波音速 $C_L \approx 5,900 \text{ m/s}$ に対し、横波音速 $C_S \approx 3,230 \text{ m/s}$ である。モード変換波は伝搬経路の途中で音速が変わるため、CRT画面(Aスコープ)上の時間軸(ビーム路程)において、実際の距離とは異なる位置にエコーが出現する。
- 代表例:
斜角探傷時の「L-S変換」または「S-L変換」。裏面反射波が縦波として戻る場合、本来の横波感度補正ライン(DAC/TCG)から大きく外れた位置、あるいは高音速に起因する浅い位置に見かけのエコーを形成する。
(2) 幾何学的反射(Geometric Reflectors)
溶接構造物特有の形状、すなわち余盛り(ルート・キャップ)、裏波の形状、開先角度、または母材の裏面自体が音響反射体として作用するケース。
| 幾何学的要因 | 発生メカニズム | Aスコープ・Sスコープ上の特徴 |
|---|---|---|
| 余盛り(フラッシュ) | 探触子が溶接線に近づきすぎた際、余盛り表面で超音波が正反射・散乱する。 | 浅いビーム路程で高振幅。走査に伴い連続的に移動する。 |
| ルートエッジ(裏波) | 完全溶込み溶接のルート部や、裏波の過大・不揃いによる角部反射。 | 探傷範囲の最下端(裏面近傍)に、一連のライン状エコーとして現れる。 |
| ルートギャップ | 組み立て時の開先隙間(ルート間隔)によるコーナー反射。 | 振幅が安定しており、欠陥長さと同等の範囲で連続検出される。 |
(3) 多重反射(Multiple Reflections / Ghost Echoes)
探触子と反射源、あるいは反射源同士の間で超音波が往復(ピンポン反射)することにより、本来の波形の整数倍の距離に現れるエコー。
- コーナレフレクター効果:
直交する2面(例:母材裏面と開先面)の間で超音波が2回反射して戻る場合、ビーム路程は $2 \times$ 実際の距離となり、画面の奥深くに存在しない欠陥像を描出する。
2. PAUT(S-scan / E-scan)による走査断面解析と偽像の切り分け
従来の単子探触子(Conventional UT)ではAスコープの波形とゲイン変化、プローブの前後動(前進・後退・振査)のみで判断せざるを得なかったが、PAUTのS-scan(扇状走査)およびE-scan(直線電子走査)を活用することで、空間的な二次元情報から偽像を論理的に排除できる。
(1) S-scanにおける扇状ビームの軌跡解析
PAUTのS-scanは、単一のウェッジから異なる角度(例:40°〜70°)の超音波ビームを電子的に偏向させて発信する。
- 真の欠陥の挙動:
体積欠陥(スラグ巻き込み、ブローホール)や平面欠陥(き裂、融合不良)は、特定の角度範囲(例:55°〜65°)のときだけ最大振幅を示し、角度を変化させるとエコーのピークが移動するか、特定の角度で急峻に消失する。
- 偽像(幾何学的反射・モード変換)の挙動:
- 幾何学的反射(裏波・余盛り): 角度を変えてもエコーの現れる「深さ(Depth)」または「ビーム路程(Sound Path)」が幾何学的な計算値と完全に一致する軌跡を描く。S-scan画像上で、母材裏面輪郭に沿ったアーク状の連続した輝度分布として現れる。
- コーナー反射による多重反射像: 真のエコー位置に対し、ちょうど2倍の深さや路程の位置に、相似形のゴースト像が淡く(あるいは位相を反転して)描出される。
(2) E-scan(リニアスキャン)による空間的相関性
E-scanは、複数の振動子グループを順次切り替えて同一角度のビームを平行移動させる走査法である。
- 識別手法:
溶接線に沿ってE-scanを適用した際、真の欠陥は溶接進行方向(X軸方向)に特定の長さを持って連続する。一方、母材内部の偏析や特定の音響異方性、表面の凹凸に起因する偽像は、プローブの平行移動に対してエコー位置が追従しない、あるいは突発的に消失・出現する。
3. 実務における偽像排除の判断フローと識別技術
現場で指示エコーを検出した際、作業員および検査員は以下のステップを踏んで真偽を判定しなければならない。
[指示エコーの検出]
↓
1. 【幾何学的照合】 図面上の開先形状・板厚・余盛り高さとビーム路程を照合
↓
2. 【プローブ操作法による確認】
- 前後走査(Forward/Backward)
- 左右走査(Side-to-side)
- 角度変更(PAUTの場合はS-scanの角度スイープ)
↓
3. 【波形特性・位相の確認】
- Aスコープの波形形状(立上り、ピーク数)
- モード変換波特有の音速換算値の確認
↓
4. [判定]
├─ 幾何学的反射・モード変換 ──> 【偽像として排除】
└─ 実際のきず・溶接欠陥 ──────> 【JIS規格に基づき評価】
現場実務における具体的な識別テクニック
1. ビーム路程と三角関数の検証:
検出されたエコーのビーム路程 $W$ と屈折角 $\theta$ から、板厚 $T$ に対する深さ $d = W \cos\theta$ または表面からの距離を計算する。これが「ルート開先先端」「裏面コーナー」の位置と一致する場合、幾何学的反射(ジオメトリックエコー)と即座に断定する。
2. トランスミッション・ビーム(迂回波)の確認:
厚板溶接や多層盛りの場合、ビームが一度裏面で反射してから欠陥に達する「1ビーム・パス裏面反射(Half-skip反転)」や、さらに表面で反射する「2ビーム・パス」によるエコーが存在する。これらは感度補正(DAC/TCG)のレンジ外、または余分なスキップ位置に出現するため、スキップ回数(1st skip, 2nd skip)の管理により偽像と識別する。
3. 表面状態の目視・簡易計測:
余盛りやスパッタ、アンダーカット等の表面形状不良が原因である場合、プローブをその直上に載せたときの挙動と一致する。必要に応じてワイヤブラシやサンダーで表面を平滑化し、エコーが消失すれば表面起因の偽像(またはノイズ)と確定できる。
4. JIS / ISO規格に基づく数値基準と品質評価の厳格化
非破壊検査における偽像の誤認を防ぎ、合否判定の客観性を担保するため、各種規格では厳格な試験条件と評価基準を定めている。
(1) 関連規格の要求事項
- JIS Z 3060(溶接部の超音波探傷試験方法):
斜角探傷における感度設定、探傷範囲、および指示分類の基準を規定。形状に起因する指示(幾何学的指示)については、図面との対比やプローブの走査試験を行い、きず以外の指示である確証を得た場合は「評価外」として扱うことを認めている。
- ISO 17640 / ISO 11666(溶接部の非破壊試験 - 超音波探傷):
レベルBおよびレベルCの試験において、検出された不連続が体積的なものか平面的なものか、あるいは幾何学的反射であるかを判別するためのエコーダイナミクス(振幅の変化挙動)の記録を義務付けている。
- ASME BPVC Sec.V Art.4(Ultrasonic Examination Methods for Welds):
PAUTを使用する場合のシミュレーション(Ray tracing)の事前実施を要求している。これにより、母材形状や開先角度から「どこにどのようなモード変換波や幾何学的反射(ゴースト)が発生するか」を試験前に予測・特定することが可能となる。
(2) 許容値・公差と感度設定の数値例
- 探傷感度基準(DAC曲線等):
通常、参照レベル(基準感度)は直径 $\phi 1.6\text{ mm}$(または $\phi 3\text{ mm}$)の側孔(SDH)やノッチからのエコー高さに設定される。これに対し、幾何学的反射は基準感度を大きく超える高振幅(例:DAC +6dB以上)を示すことが多いため、振幅の高さだけで判断せず「位置の再現性」と「ビーム挙動」で評価する。
- 音速・屈折角の許容差(JIS Z 2352等に基づく):
探触子の屈折角 $\theta$ の公差は公称値に対し $\pm 2^\circ$ 以内であることが求められる。この角度ズレが存在すると、計算上の予測位置と実際の幾何学的反射の位置に数ミリのズレが生じ、これが偽像の誤認を誘発するため、探触子の摩耗管理(ウェッジのシュー角チェック)は極めて重要である。
5. 高度な排除技術:シミュレーション活用と冶金学的考察
最先端の施工管理現場では、実際の探傷作業の前に音響解析ソフトウェア( CIVA や UltraVision 等)を用いたレイトレーシング(光線追跡法)シミュレーションが導入されている。
- 音響ビーム挙動の可視化:
溶接継手の実際のCAD図面(実開先形状、余盛り、裏波形状)をモデルに入力し、超音波がどのように伝搬し、どの位置でモード変換を起こし、どの角度で幾何学的反射として戻ってくるかを画面上で完全にあらかじめ予測する。
- 実測波形とのリアルタイム突合:
現場のPAUT画面(S-scan)に出現した未知のエコーを、事前シミュレーションの予測軌跡と重ね合わせることで、それが「特定の開先角度からの幾何学的反射」であるのか「微小な融合不良」であるのかを1秒以内に論理的かつ確実に切り分ける。
このアプローチにより、経験に依存した属人的な判定ミスを根絶し、非破壊検査の信頼性と施工品質の最高水準を維持することが可能となる。